脱オタ関連の記事って、ほんとうは誰のために書いてるの?

 クリスマスの襲来を予感してか、ネットには脱オタ*1関連の記事が毎日のように溢れています。毎年毎年繰り返されることではありますが。
 そして脱オタ関連の記事は非常に人気がある。書けばほぼ必ず反応が返ってきます。しかし、その反応を見ていると、どうも違和感を感じるのです。
脱オタファッション実践編
 今年の脱オタブームの火付け役といえばこの記事ではないでしょうか。確かに内容も充実しているように見えます。この記事のはてなブックマークはこのようになっています。
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 流し読みで十分なので、ちょっと眺めてみてください。
 コメントのほとんどが「これから脱オタする人に向けてアドバイスする」という視点から書かれています。はてなダイアリーの著者が、普段は「おれも非モテ/非コミュ*2だからよくわかる」とか言っていることを考えると驚異的な割合です。また、この記事へトラックバックした他の記事も、同じような視点から書かれています。
 誰でもこの記事の著者が「ファッション上級者」というか、普段からファッションを楽しんでいて、ファッション誌などから積極的に情報を得ているタイプの人だなというのは想像できると思います。
 バリバリにファッションを楽しんでいる人がオタクに指南するのは納得できます。しかし、この記事のメイン読者層もまた、普段からファッションを楽しんでいる人たちであるようなのです。少なくともファッションに苦悩はしていない。そしてオタクを「導いてやらねばならない、可哀相な人たち」という風に見ているように感じます*3
 結局、脱オタファッション指南記事というのは、オタクでない人たちが、「アドバイス」にかこつけて、オタクに対する優越感を感じるために生産されているのでは…。もしくは、アドバイスなんかしちゃってる自分は外見はオタクじゃないって自分自身で確認するため*4。ものすごく内輪で盛り上がっているような気がします。「俺たちはイケてる勝ち組」「少なくともダサくない組」といったグループの内輪で*5
誰かお願い、このアンアンの記事に突っ込みを
 こういう女性誌の記事なんかも、既に彼氏ができている人が独り身の女性を「負け組」として見下し快感を得るために書かれているんじゃないか。と、僕は疑ってしまうタイプなので、脱オタ記事にも同じ臭いを感じてしまうのです。
 もしも、本気で議論されてるとしたら、それまで母親に服を買ってもらっていたような、知識ゼロからファッションを始める人には、あまりにも実践しづらい内容です…。僕も自分の服装がひどくはないと信じたいのですが、挙がっている用語の半分もわかりません*6。内輪だけの楽しみから、本当に役立つ記事に変えるためには、小学校の家庭科の本くらいの、超やさしいレベルで書く必要があるのではないでしょうか。
 かなり妄想入ってるので、突っ込み待ってます!

*1:元々オタク的趣味をやめるって意味だけど、それが難しいので、今では「外見をオタクっぽく見えないようにする」ことを指す用語みたい

*2:非モテ…全然モテない人、非コミュ…人と全然コミュニケーションがとれない口下手な人

*3:そう思っている間は、自分のダサさを考えないですむという効果もあるはず。だいたい、みんなほんとに人に薦めてるようなブランドの服買ってるの?雑誌の受け売りじゃないの?とも思ってしまいます

*4:メタな視点でオタクを論じれば単なるオタクより上位になれる感じが関係してるのかも?

*5:初心者に薦めるパソコン、みたいなテーマでも同じことが言えると思いますが、ファッションというのはやはり言及しやすいので盛り上がっているのでしょう。専門的なレベルが要求されないのが大きいと思います

*6:高校生の途中まではオヤジかオカンの買ってくれるものを着ていて、そこからはなるべく彼女や友達に選んでもらっているので、最近まで「フェイクファー」をブランド名だと思っていたくらいですから